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2007.12.31 今年もお世話になりました。


皆さん、今年はどんな年だったでしょうか?

我が家にとっては、いい事も悪い事も一気に押し寄せた年でした。

ジーナが我が家の一員になって喜んだのもつかの間・・・

残念ながら優祐が旅立ったてしまって・・・

そんな中皆様にはとっても勇気をもらって本当にありがとうございます。

これからはジーナとままさんと一緒に、優祐や健太の分も、

楽しく暮らして生きたいと思っています。

今後とも健太家を宜しくお願い致します。

帰省やお出かけで年越しを迎えられる方々は気をつけて行ってきてくださいね。

我が家はのんびりとすごそうと思っています。

良いお年を!
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2007.12.23 ジーナサンタ
20071223201445
クリスマスなんで、こんなの着せて見ました。
田舎のキャバ嬢みたいですね〓
2007.12.22 山サイ行ってきました。
先週の話ですが、何となく東海自然歩道を自転車で走りたくなっていってきました。
東海自然歩道中、最難所と言われる場所で、一番高いところで1500m弱です。
登山口が400mぐらいなので標高差は1100mぐらいになります。
以前優祐と登った焼山でも、1000ちょっとあります。
ココまでは結構しんどかったのですが、その後は結構楽に登れます。
登りは90%担ぎ&押し登りになります。

yakiyama.jpg

焼山山頂です。

ruat.gif

で、今回のルートです。

津久井の西野乃~焼山~黍殻山迂回~黍殻非難小屋ピストンです。
本当は姫次まで行こう思っていましたが、自転車押し登り&担ぎ・・・
これがしんどいのなんのって、辛かったです。
しかし下りは、焼山までは90%乗車、その後は50%乗車の快適下山です。
☆・・・つづきいってみるぅ(^^)V・・・☆
yamasai2.jpg

最初はダブルトラックで途中まで登ります。

yamasai3.jpg

途中一旦くだり登山道へ
暫くすると石畳が出てきます。
この辺が東海自然歩道っぽくていいですね。

yamasai4.jpg

この頃はまだ余裕ですがこの後は・・・
急登は担ぎなどで登ります。
トラバース的な細い登山道もあり下は崖になります。
慎重に頑張って登ります。

yamasai5.jpg

暫くすると尾根道に出ます。
ココまで来れば山頂はもうすぐです。
ココまでが辛いのですよ・・・
自転車なくても結構辛かったのを思い出しました。

yamasai6.jpg

自転車漕げそうに見えますが、すぐに登りなのでやっぱり押し登りです。

yamasai7.jpg

やっと山頂到着!
ココからは根っこがちょこっと出てきますが、自転車最高って帰りはいえるぞ~
と思いながら押しのぼりです。

yamasai8.jpg

こんな感じや・・・

yamasai9.jpg

こんな感じです。

ココを過ぎて暫く登ったら水場への分岐が出ます。
そこからはちょっとだけくだりなので、非難小屋まで快適にいけます。

yamasai10.jpg

黍殻園地って分岐に書いてありました。
野球できるぐらい広いんです。
優祐いたら喜んだろうなぁと思いました。

yamasai11.jpg

小屋は古いですがこんな感じです。
ココに泊まって遊んだら楽しかったろうなぁって思いながら休憩です。

yamasai12.jpg

こんなに広いんですよん!

ココまででかなり疲れたので引き返す事にしました。
この先も歩きやすい登山道が続くはずなんですが次にとっておきましょう。

ココからでもかなり快適な楽しいくだりの山サイが楽しめました。
細い所は降りたりして、安全に気をつけて・・・

途中一度転倒してしまいましたが、怪我はありません。
自転車が怪我してしまいました・・・

登りは辛いけどかなり楽しいくだりになるので癖になりそうです。
いいですね。歩きでも自転車でも山は最高です。


と明日は今年最後の大一番有馬記念です。

天気がいまひとつですが、今回は奮発して、
今年最後なので2000円で勝負です。



2007.12.15 友へ
上京のおりは良くしてくれてありがとう。
感謝している。
楽しかった思い出と共に、胸に刻み込んでおきます。
いつかまた・・・

☆・・・つづきいってみるぅ(^^)V・・・☆
昨日、友がこの世を去った。
まだ44歳男盛りである。

彼とであったのは、高校を卒業して上京した時だ。
ラグビー部の寮に入り、私がやめるまでの5年間良く付き合ってくれた。

東京見物も連れて行ってもらった。
当時の同期男4人で上野動物園のパンダを見に行ったのは今でも鮮明に覚えている。
25年も前のことなのに、今でも鮮明に覚えている。

共通の趣味というものが無かったので、
会社を辞めてから結婚するまでは、たまに飲みに行く程度。
仕事も違い、暮らしも違ってくるとだんだん遠のくのが寂しく感じたこともあった。

こっちで友らしい友はこの男ともう一人ぐらいだったからなぁ・・・
当時、本当によく付き合ってくれたので感謝している。

結婚をして安比に引っ越すときに送別会を開いてくれた。
そのときにあったのが最後だったろうか?
13・4年も前なんだなぁ・・・としみじみ感じる。
その後は年賀状での交流ぐらいだったから、状況は分らない。
こっちに帰ってきても一度も会わなかったことが悔やまれる。
とにかく残念で仕方が無い。

友へ!
上京のおりは良くしてくれてありがとう!
あなたがいなければあまり楽しくない寮生活だったと思う。
右も左も分らない田舎者に良く付き合ってくれたと思っている。
本当にありがとう。
都会の人間は冷たい気がしていて、
なかなか近づけなかったけど、そうでもなかったなぁ。
付き合ってみると、なかなか捨てたもんじゃないなぁって思った。
疎遠にして申し訳ない。
一度だけ二人でスキーに行ったのを覚えている。
二人ともはじめたてでとにかく楽しかった。
谷川岳の天神平だったなぁ・・・
こんなに早くにいったいどこへ行くっていうんだ?
まだまだやり残してる事がいっぱいあるだろう?
ただただ残念でなりません。
心からご冥福をお祈りいたします。
2007.12.05 早いもので師走です。
早いもので今年も残すところ後わずかとなりました。
あっという間の一年だった気がするなぁ・・・
そして、今日は優祐の月命日です。
旅立ってから1ヶ月がたったんだなぁ・・・
この1ヶ月もあっという間だったなぁ。。。
健太のときは、優祐が頑張って健太の代わりをしてくれようとした。
充分、代わりは務めてくれたと思っている。
むしろ、健太以上に我々の心にすぅ~っと入ってきて、とりこにしてくれた気がする。

11-17.jpg

今一番のお気に入りの優祐です。

☆・・・つづきいってみるぅ(^^)V・・・☆
健太の闘病は余命宣告を受けてから3ヶ月間。
本当に良く頑張ったと思う。先生もびっくりしていたほどだ。
その間、健太が元気でいてくれているうちはと、いろんなところへ出かけた。
小さいときに暮らした安比や、、雪遊びで車山、玉原、最後は箱根と湘南!
そのたびに、ヘロヘロだった健太は元気が出てきて嬉しそうにしていた。
好きなことを、できるときに、好きなだけ・・・
このことは健太の闘病生活で学んだことで、それによって元気も出てくると感じた。
それだからこそ、元気の度合いも測れるし、最期の時期もなんとなく察することが出来る。
心の準備も出来るはずは無いが、現実と向き合い受け入れてきた。

優祐は余命宣告されてからの闘病生活は1ヶ月間。
あっという間に優祐の体を蝕んでいって、あっという間に連れて行ってしまった。
癌が発覚したときは、本当に元気で「えっうそでしょう!」って感じで信じられなかった。
だから余計途方にくれたし、心の動揺は隠すことは出来なかった。
半年からもって1年という宣告とは裏腹に、進行は早く1ヶ月で我々の元を去った。
健太のときのように、元気なうちはいろんなところへ連れて行こうと思った。
しかし、病状は深刻で、あっという間にご飯を受け付けなくなり、どんどん痩せていった。
家では辛そうで見ていてもどうすることも出来ずにそばにいるだけ。
そんな中でも、点滴だけで3週間も生き続けた優祐には感謝している。
もう頑張らなくてもいいよ!という状態でも頑張り続け、必死で戦っていた。
我々に”あきらめない心”を教えてくれた気がする。
病状が悪化して、どんどん悪くなるのを見てるのは本当に辛い日々でした。
でも、そんな中でも、一生懸命戦った優祐は、私の誇りでもありました。

1ヶ月前の4日は、朝から健プーに連れて行きました。
最後の健プーになりましたが、嬉しそうにしてたし、必死で遊ぼうとまでした。
その後点滴で病院、夕方帰宅・・・
それからは家でぐったりしていました。
最後に懇親の力を振り絞って我々の前で立って見せた優祐!
パソコンに向かっていて気づくのが遅くなったけど、しっかり見たよ!
優祐の気張って元気にして見せた姿は一生忘れません。
最後は自分でも逝くのがわかったのだと思います。
寂しそうにいつもの鼻ピーをしていました。
闘病中どんなに辛くても鼻ピーなんてしなかったのに、
我々に最後の甘えと、心細さからかも知れません。
このときはすでに、私もままさんも今晩がやまだと悟りました。
いつに無く冷静にそのことを受け入れられた気がします。
しかし、ままさんは心配して優祐の横で添い寝してました。
5日の朝方、うとうととしたままさんを、しっかり起こして、私にもお別れをしてくれて・・・
本当に嬉しかった。
健太のときは見取ってやることは出来なかったので、
優祐は・・・という思いはありました。
甘えん坊らしく、寂しがり屋らしく、ちゃっかりままさんの腕の中で、
ちょっとだけ呼吸は荒かったけど、最後は眠るように苦しまずに穏やかに旅立ってくれました。

手がかかる奴ほど可愛いとはよく言ったもので、
小さいときから手がかかり、悪戯もいっぱいしました。
そのたび私に怒られて・・・たたかれて・・・
健太が旅立つまでは、私になつかなかったのもそのせいですね。
そんな私と優祐との関係を深いものにしてくれたのは健太です。
健太が病気と戦っているとき、少しづつ優祐との1対1の時間を作り、ふれあいを深めました。
あのときの時間が無ければどうなっていたか?想像できません。
そんなこともあり、何とか信頼関係を築こうと必死で頑張りました。
それに、良くも悪くも必死で優祐は答えてくれました。
健太にも、優祐にも感謝の気持ちでいっぱいです。

優祐を亡くして、遊びのパートナーを亡くした心の痛手は、そう簡単には癒えません。
ただ、健太のときも、そうだったけど、決して忘れずに思い出し続けて、
そんな中から、次への気持ちへとだんだんに切り替えていこうと思っています。
忘れるなんて出来ないですし、そうも思いません。
まだ、1ヶ月、優祐との思い出があまりに濃すぎて、思い出すたびに泣いてます。
こんな私でも泣くんですよ・・・実は。

今まで、少しづつ元気を装ってきましたが、結構きついです。
ブログの更新も多分早々出来ないかもしれません。
心配してきてくださっている皆様には申し訳ありませんが、
時間をいただきたいと思います。
正直、健太のときよりかなり辛い状態にあることは事実です。
少しづつ、時間を作って頑張っていこうと思っています。
ただ、仕事は頑張ってやってるし、普段は普通に生活していますのでご安心を。
また、ペットロス状態ではありませんのでその辺もご安心ください。
ただ、以前のようなやる気が出るには、もうしばらく時間が必要だということです。
ブログをやめようかとも思いましたが、
健太の思いでも、優祐の思いでもいっぱい詰まっているのでできません。
健太のためにも、優祐のためにもここは続けていこうと思っています。

優祐へ・・・
毎日、早く帰っておいでってお願いしてるんですよ。
遊びに行ったきりで帰ってこないのはいけませんねぇ。

毎日思うのは、優祐の体に触りたい・・・
そしてギュッとしたい。
一緒にボール追っかけて走りたい。
一緒に山に行きたい。
これからは雪の季節だからスノーシューもしたい。
健プーは寒いけど泳ぎ収めして無いよ・・・
まだまだ遊び足りないんじゃないかなぁ・・・
もうそろそろ、ちょこっとでいいから夢の中でいいから
遊んでくれると嬉しいかな・・・
と思ってる今日この頃です。
待ってるよ!ユウチュケ!
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